映画「あん」

黄色い電車に乗って映画を観に行きました。映画の中でも黄色い電車が何度も出てきました。
このローカル感、、落ち着く(笑)
公開初日にこのローカルな映画館で監督や主演俳優を迎えて舞台挨拶があったそうで、
来たかったなぁ~、残念ながらその日は仕事で来られませんでした。

始まりは千太郎の後ろ姿。
ほんの少しだけ右肩が下がり、足を引きずるクセのある歩き方。
屋上で煙草を吸うその姿は孤独で、間違いなく人生なんて楽しんでない。
こういうのは理屈じゃなくて感覚の問題なんだけど、
あぁこの映画好きだなぁ、、、そう思いました。

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徳江が患っていたハンセン病は病気が進むと容姿が変形することと、政府が患者を隔離したことから間違った認識のため差別に拍車がかかった悲しい歴史を持つ病気。患者同士でしか結婚できなかったし子孫を残すことも許されなかった。
ハンセン病の話を聞くたびに、なぜかいつもごめんなさい、、という気持ちになる。
「無知」
「無関心」
心に無意識にあるそういうものが差別を引き起こすから。

ワカナの年齢くらいで療養所にやってきた徳江は、家族と引き離され、自分は何のために生まれてきたんだろうと悩んだはず。
でも、たくさんの自由を制限されて生きてきたからこそ心は誰よりも自由で、だから小豆の言葉に耳をすますことができる。
あぁ、なんて素敵な人なんでしょう。

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「ねえ、店長さん。私たちはこの世を見るために、聞くために生まれてきた。だとすれば、何かになれなくても、私たちは生きる意味があるのよ。」

だめだ、
もーこの台詞で涙腺が決壊しました、わたくし。

樹木希林さん。
原作を書いている時から徳江は樹木さんをイメージしていたそうです。本当に素晴らしい存在感のある方。
いて下さるだけで嬉しい、そういう俳優さんですよね。

そして、さらに良かったのが千太郎役の永瀬正敏。
無口でやるせなくて、、、
お酒で失敗した人生だから、真逆のあんこの仕事したんだね(千太郎の話)
なんかそれ可愛いじゃん←
最後の桜の花の下のシーンが良かったなぁ、晴れ晴れしてて。

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コメント

静かでありながら
きちんと『ある視点』を問うている映画で
素晴らしかった・・

冒頭、朝出勤する千太郎
彼にとって ただ繰り返しの連続である毎日
店は、彼にとって、やらなければならないから
やっているものであって
そこには何の楽しみもときめきも工夫も
アイディアもない

それを象徴しているのが
あの一斗缶の あん でしたね

その仕事は
徳江さんにとっては
「本当にこんな仕事やってみたかった」
事であった
彼女にとって本当にキラキラした毎日であった。

何の希望も見いだせないまま
どら焼きやを続ける、
やりきれない彼のまなざしに
かつての自分をみるようだったから
援けてあげたかったんだね

垣根の外に出ること
街の風景や木々や花や鳥たちと
会話すること
以前はしたくてもできなかった、
垣根の外にでて自由にあるくことさえも
徳江さんにとってはスペシャルなことだった。
その一瞬一瞬を、心ゆくまで味わっていたのですね

私はこの病気について
じゅうぶんな知識を持っているとはいえません。 
でも、治療法の無かった時代と
現代とで 同じ偏見に苦しむ患者さんたち
の思いが 胸にせまってきました、

徳江さんが大事に大事に
持っていた、使いこまれた立派な
「あん」づくりの道具たちは
千太郎にずっと何かを語りかけて行くんでしょう。 
最後の彼の生き生きとした姿。
「どら焼きを作って売る」という
まったく同じことをしていても
もう別の人のようでしたね。

病気を抱えながらも
沢山の素晴らしいお仕事をなさる樹木さん。
孫娘とこんな作品をつくれるなんて
何てすばらしいのでしょう。

映画に出てきた「よるくま」は
私の最も好きな絵本のひとつです。
そこに何とも言えない
「人を思う気持ち」「いじらしさ」そして
「華やぎ」があるから


映画に出てくる風景が、
見たことのある場所の気がして・・
もう30年近く前のこと
あの駅に降り立ち、バスにのって
友人の家まで一度だけ行ったことがありました。
良く考えてみたら、その時に通った道だったのです。

あそこに、
あの森の奥に
あの方々のかけがえのない人生があったのだと
思うと、胸がいっぱいになりました。

2015/06/09 (Tue) 18:24 | トベニ #IRhqFhsY | URL | 編集

トベニさ~~ん☆

こんな近いタイミングで同じ映画を観に行くという
このシンクロ率の高さに
感動すら覚えました、ええ(*^。^*)
ビックリしました~☆

ハンセン病と、それを取り巻く歴史については
以前に新聞である方の半生を丁寧に追った連載があって、
たくさんの驚きとともに毎週興味深く読みました。
病気になったら家族とも今までの暮らしともすべて切り離されて
隔離されたところで一生を過ごしたそうです。
伝染すると思われてたみたいですね。
今でもこの映画の中のように、無関心や無知によって辛い思いをしてらっしゃる方がいるんだと思うと辛いですね。

療養所が東村山にあるということを知らなくて、
もちろん撮影地も東村山で、
一番近い映画館ということで、新所沢の映画館で舞台挨拶があったそうです。

しんとこは昔住んでいたことがあったので、久しぶりに歩いてみて、とても懐かしかったです。

2015/06/12 (Fri) 17:15 | ルピナス #/ziU86Hc | URL | 編集

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