疾風怒涛の頃のように私はどんな俳優になっていくのか心配している

久々に韓国記事を訳して読んでみたくなって、、
  (と言ってもほとんど翻訳機さんの仕事ですが)
かなーーーーりの意訳です
文章は読みやすくなってるけど
勝手に解釈して原文とかなり違う言い回しをしてます

常々思ってることなんだけど
訳された文章って、そりゃ嘘は書いてないんだけど
訳する人の気持ちがものすごく入った記事になってるんですよね
ちょっとした言葉の選び方で印象はかなり違ってくる

だからね
私って、意外と他の人の訳した記事って読まないんですよ
ざーーっと何について言ってるのかを知ることはあるけど

ブログってそう

特に情報の少ない韓国の俳優さんに関することって
好きなブログからいろんなことを知ったりするけど
実はそれはあくまでブログ主の主観を通して見聞きしている情報なんですよね

今までたくさんの記事を訳して載せてきたけれど
それは情報発信をしようというものではなくて
自分が読みたくてやってたっていうのか、、
訳すと時間もかかるし、どういう意味かって考えるから、
好きな人の気持ちを想像しつつ、理解したような気になって楽しいんですよ


今回は、「野王」があんなに高視聴率だったのに
後半はストーリの過激さにひっぱられて
ハリュを演じきってなかったという物足りなさを言ってるところがいい
相変わらず率直で
普通、視聴率がいいとまぁいいかって思いがちがけど
そのあたりに
サンウの役者としての根性を感じますね

やり切った感が無い分
今、エネルギーで溢れてるみたい

そして
ほんと彼は「正面突破」の人ですよ
よく砕け散らずに、、
彼が持ってる才能や努力も当然あるけれど
そういう「運」も持っている人なんだと思う


悪女タエ(スエ)は死んで純情男ハリュ(クォン·サンウ)は残った。自分を否定し娘を否定したタエが死んだ。ハリュはそんなタエと過ごした幸せだった頃の家族の絵に額縁を描いて終わりを迎えた。視聴者が望む復讐ではなく善良な終り方だった。SBS "野王"の話だ。

「ハリュが一番幸せだった瞬間でした。最後に視聴者たちをジーンとさせたでしょう。それが最善だったと思う。」と結末について口を開くクォン·サンウにはまだ悔しさが残っているように見えた。
ハリュは苦しかった。自分を裏切ったタエをを涼しく漢方食べて欲しいところそれさえも容易ではなかった。24部を終えて、視聴者もイライラしたがクォン·サンウも苦しかった。

「ハリュのキャラクターは序盤は面白かったんですよ。惜しい点があったにもかかわらず視聴者が24部も観て下さった理由だと思います。とても苦しんだんです。もっと感情線がある台詞を言いたかったが終盤は台詞を伝えるだけに終わった。修正もしました。ハリュがいなくてもドラマは成り立つような気がした。野王で解消されていない部分があります。」

だからクォン·サンウは自分の考えを率直に明かした。ドラマ放映に苦戦してファンとの空間に文を残した。ハリュの物足りなさ劣悪な環境での苦しい心境を率直に打ち明けた。率直なこの記事を読んだ人は多くの憶測をした。

「ハリュは面白くありませんでした。俳優は牧師ではないでしょう。私は仕事をしながら楽しさと悲しみを感じます。文章を書くときに飾ったりしません。ファンに苦しい心を伝えたかった。ドラマの視聴率が低かったらそんな文を書かなかったでしょう。作家と電話をするスタイルではないので作家がわかって下さったらと思うことありましたが、現場では否定しませんでした。私ができた唯一の表現方法だと考えてほしい。否定的に見ないで 「こう感じたんだ」「"こんな風に考えたんだ」それが自然な環境になったら嬉しいです。」

クォン·サンウは現場でスタッフと一緒に動く。ヘアケアをはじめ、ドレスアップに時間がかかる女優のために撮影を最初と最後は自分がすると約束したりする。現場でけがをしたスタッフに見舞金を渡して撮影に登場したパトカーのガラスを拭いたことが記事として報道された。

「撮影でアングルが変わるとスタッフたちと一緒に運んだりね。これまでもずっとそうだった。せっかちなので直接する必要があるんです。特別なことではないのにドラマが注目されていたので記事になったのだと思います。俳優だからといって虚勢を張りたくはありません。作業中は同じように大変で、だから一緒にするのです。」

「初めから現場をまとめたりはできなかった。"俳優が現場で難しい顔をしていたら不便です。NGも面白くて笑えたらいい。若い頃は共同演出をしたPDが誰なのかも知らなかった。とんでもない話ですよ。その時は本当に夢中で生きていました。今は年を取っていろんなことが変わりました。」

時が流れて結婚をして、バレンタインデー、お花見に関連する質問で自分の名前がますます消えると冗談を言った。疾風怒涛の頃のように私はどんな俳優になっていくのか常に心配している。

「野王での演技力の評価は悪くなかったが実際には恥ずかしいです。私は同じ感性で同じ演技をしました。どこまで来た俳優なのか悩みます。ファン·ジョンミン、チェ·ミンシク先輩のような俳優でもなく、チョ·インソン、カン·ドンウォンのような俳優でもないんですよ。アイデンティティに対する悩みがあります。それが最大のストレスですよ。その他にストレスを受けることはありません。」

20代半ばで芸能界にデビューしたクォン·サンウも3年後にはいつのまにか40になる。40になる前に成し遂げたいことがあるか聞かれたときに、「時間が本当に速い。若い頃はあと10年働いて辞めたいと言うほど生意気だった」と率直に打ち明けた。

「私には賞福がないようです。力が足りない部分もありますが。受賞するのが嫌いな人がいますか?活発に活動して良い賞を受けたいです。特に叶えたいことがあるのではなく継続的に愛される俳優になりたいです。最高はないと思います。高いところに上がってから消える俳優もいるでしょう。それは不幸なことです。スター俳優として残りたい。いろんなキャラクタを演じてまったく違う人に見えるような、、個性ある演技をしたいです。」

野王を終えて体は疲れているがエネルギーは残っている。クォン·サンウは次の作品を待っている。今この瞬間はまた悩みが生じる。映画をするのかドラマをするのか、主演映画をするのか、俳優たちと一緒に脇役的な映画も選んだこともある。

「戦火の中には多くの俳優が出演したいたがキャラクターが良かったので出演しました。俳優の数は重要ではないと思います。思うにジャンルごとに代表作があったらいいですね。学園モノは「マルチュク青春通り」があり、ロマンチックコメディは「同い年の家庭教師」という代表作があるんですよ。長く広く知られる作品を残したいと思います。誰も真似できないアクション映画もやりたい。」

クォン·サンウは10年以上の俳優として過ごして多くの事件を経験しそのたびに正面突破した。自分をよく生き、よく頑張ったと言うクォン·サンウ。共演者と共に、もしくはワントップ映画の主演をして、また大衆と会う。これからも頑張って生きていくクォン·サンウを待っている。


原文はコチラ ⇒ sstv.tvrepor
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